<2024年9月専門職スキルアップ / 本文 : 看護師 東山トシ子>
専門職スキルアップは、私たちの重要なプロジェクトのひとつです。
私自身、長く上野原の地で訪問看護に携わってきた看護師として、現在ACP、心不全連携に力を注いでいます。
ACP推進においては、二本の柱があります。その一つがACPにおける「専門職スキルアップ」で、今回はそれについて取り上げます。
なおACP推進におけるもう一つの柱、「住民啓発」は前回投稿しています。
令和5年 人生会議(ACP)住民啓発
ACP推進における私たちの取り組み
ACP(Advance Care Planning)とは、将来の変化に備え、将来の医療及びケアについて、 本人を主体に、そのご家族や近しい人、医療・ ケアチームが、繰り返し話し合いを行い、本人による意思決定を支援する取り組みのことです。
日本医師会
ACPの取り組みをしていく中では患者様、ご家族様の思いをくみ取る事が重要になり、主治医のみならずケアマネージャー、看護師等の専門職の果たす役割は重大になってきます。
専門職は実際に患者様の退院時カンファレンスに出席するなど、個々に実務経験を積んでいくのですが、それだけでは専門職としてのスキルアップには不十分でした。
そこで、上條内科クリニックでは事例にかかわった担当者だけによる振り返りや、多職種研修会を開催し、ACPにおける専門職のスキルアップをコツコツ行っています。
多職種研修会の開催
令和6年5月24日に、上野原市立病院で多職種研修会を開催しました。
参加者は、上野原市で在宅医療に関わっている専門職46名、医師、病院看護師、訪問看護師、介護士、社会福祉士、理学療法士などの皆様で、5~7人でグループを作り、実際にあった1事例の2つのシーンにおいてそれぞれグループワークを実施しました。
グループワーク1 「遠慮する本人(患者)、自信のない妻(介護者)」さあ~どうする
患者情報
本人:高齢男性、末期がんで全身に転移がある。 病気が進んでもずっと家に居たいと思っているが、無理だろうと半ば諦めている。 妻:ずっと看てあげたいがこの先を考えると自信がない。 説明された事はきちんと理解できるが、納得するまでにとても時間がかかり納得しないと決定出来ない性格。 その他の情報:本人、妻ともお互いを思いやることで自分の気持ちを主張できないでいる。息子は多忙のため関わりが薄い。
シーン1
晩秋のある日、自宅で転倒し多量の出血、自宅で処置を受ける。
本人:「こんな事になって、やっぱり 家族に迷惑をかけた」と自宅での療養は無理ではないかと思うようになる。
妻:「私のせいで転倒させてしまった」とすっかり自信を無くし「家で看るのは無理」と言うようになる。
「遠慮する本人、自信のない妻」 ~~グループワーク~~ さあ~どうする?
それぞれの立場で考えてください。
このグループワークでは参加者からそれぞれの立場で活発な意見交換が行なわれました。 「妻からの『家では無理』という言葉には何が無理なのか?」、「妻の不安を払拭するためにはどうした良いか?」、「妻の不安には安心を提供出来るよう、専門職が本来の役割をしっかり果たすべきだ」など、まずは不安を取り除くために、支援体制を強化するべきという標準的な意見が多く出ました。
グループワーク2 「やっぱり帰りたい、いや無理でしょ」さあ~どうする
患者情報
前回のエピソードの後徐々に癌の病状が進行し、身体機能が低下して行きました。
本人、妻ともに療養場所の選択に迷っていたが、病状評価と今後の方針を整理する目的で一旦入院をすることとなりました。
そして入院後も病状は進行し、ベッド上での生活になり痛みのため麻薬の注射を使い始めました。
妻:入院後、「やはり家に連れて帰るのは無理、施設か病院を探してほしい」との申し出がある。
本人:「もう死にたい」「どうしようもない」「苦しい」 と言うようになるが、家に帰りたい思いを口にすることは無かった。
病院主治医:この状況では家で看るのは難しい。
シーン2
ある日思いをベッドサイドに来た薬剤師へ打ち明ける。
本人:「やっぱり家に帰りたい」と声を漏らす。
病院主治医:「病状から考えて、家に帰るのは無理だろう」。
妻:介護する自信がなく「家での療養は無理 」。
「やっぱり帰りたい、いや無理でしょ」 ~~グループワーク~~ さあ~どうする?
それぞれの立場で考えてください。
2回目のグループワークでは、「主治医が無理と言うなら無理でしょ」と、医師の意見に従う意見がある一方で、やはり「本人の意思を尊重すべきだ」、「医師を説得すべきだ」と言う意見が多くありました。家族の負担を考え、無理と主張する意見には、家族支援をしっかりして、不安を払拭してあげるのが専門職の役割と言う意見も聞かれました。 更に「家族は、患者が亡くなった後も生きていかなければならない。意向に沿った最期を迎えさせる事は、残された家族のグリーフケア(※)にも繋がる」と言う意見もありました。
※グリーフケア:とは、身近な人との死別や喪失を経験した人が悲しみから立ち直れるよう、周囲がサポートする活動です。グリーフ(grief)は英語で「深い悲しみ・悲痛・悲嘆」を意味し、グリーフケアはグリーフサポート、死別ケア、悲嘆ケア、遺族ケアなどとも呼ばれます。
2回のグループワークを通して、日頃様々なケースに出会い、経験を積んでいる皆さんの意見を聞きました。
本人の思いを叶える為にどうしたら良いか、介護者の気持ちにも寄り添いながらとても良く考え、実践していると改めて認識することができました。
事例のその後
介護は息子さんの協力も得られる事になり、ケアマネージャーが体制を整えました。また、病院からも、辛くなったらいつでも病院に戻れることも妻に伝えられました。
そんな中、妻の気持ちも「お父さんがそんなに家に帰りたいなら」と変化が生じ、自宅療養を決意しました。その後退院調整会議を経て、念願の自宅に帰ることになりました。
医師は徹底した緩和ケアで苦痛を取り除き、多職種は妻の想いに寄り添いました。
病状の進行により徐々に意識も遠のく中、妻は声をかけ手を握り感謝の言葉を伝えました。
限られた時間を共に過ごし、退院10日後家族に見守られ穏やかに息を引き取りました。
・テイクホームメッセージ
この事例では、病状進行の様々な場面で、本人の意向を元に、実際に何度も何度も話し合いました。 今回の研修を通じてまずお伝えしたかったのは、「尊重すべきは本人の思いであること」、そして「繰り返し何度も話し合うこと」がACPにおける大前提だと言うことです。
この事例では本人の思いが叶いました。しかし、どんな結果で終わったにしても、これで良かったのかと言う問いはつきまといます。ACPの世界では、正解が何かと言うことより、どのようにその答えに辿り着いたかが大事なのです。裏を返せば、「適切なプロセスによって導かれた答えこそが正解」と言うことです。これらの事を加えて、この研修のテイクホームメッセージとしました。
次の研修へ向けて
今回研修会を通じて、改めて本人の意思が大事だという事は理解いただけたと思います。
では、本人の意思が確認できない場合どうしたら良いのか?西智弘医師(川崎市立井田病院)からACPを実践するにあたり重要なポイントとして、以下をあげていただきました。
- Yes Noではなく、なぜそれを選択したのか、なぜしないのかが重要。
- 死に焦点を当てるのではなく、生き方や価値観に焦点を当てる。
- 価値観を聞けば、未確認の別のことも類推できる。
次回の多職種研修では、本人の意思確認が出来ない事例をもとに研修をしていきたいと考えています。
今後もこのような多職種研修や、個別事例の振り返りを行うことでスキルアップを計り、医療介護専門職の誰もが中心になりACPを進められるそんな地域を目指したいと思っています。