上條先生が在宅医療を始めた経緯をお話ししました。
上條先生が病院の勤務医だった時代、上野原には家に帰った患者さんを最期まで診る医師がいませんでした。家で最期を迎えたいといって帰った患者が、息を引き取る寸前に救急車で病院へ帰って来る現状を見て、上條先生は「在宅医療をやろうと決心した」、と話します。
そして、上野原で介護や看護を担うスタッフに声をかけ、連携して地域医療連携チームを作り、上野原の在宅医療のシステムを整えました。
ただ、上條先生は、「初めて顔を会わす医者が来るより、かかりつけ医が最期まで患者さんを診たほうがずっといい」と言います。その患者さんの病気はもちろん、それまでの生き方や生活、家族を良く知っているからです。
また、上條先生が上野原で在宅医療を始めて8年になりますが、現在でも上野原で在宅医療を行っている医師は上條先生一人です。もし、上條先生が病気になったり事故にあったら、上野原の在宅医療は続けられなくなる可能性があります。
そのため、上條先生は、「患者さんが、かかりつけ医を在宅医療に引っ張り出して欲しい」とお願いしています。
家で最期を迎えたい人を最後まで診る
僕が在宅医療をやるようになったのは、病院に勤務していた時代に体験した思いがきっかけです。勤務医時代は、入院している患者さんの主治医になり、治る病気は治して家に帰すことが仕事でした。ただ、治らない病気もあります。あるいは病気じゃなくても、人間は年をとればだんだん衰えてくるものです。そうなると、医療、医学は力をなさなくなります。そして、病院で入院しているよりも家に帰りたいといって帰っていく人もいます。なのに、いよいよ息が止まる寸前に、救急車を呼んで病院に帰って来た人を何人も見ました。
息を引き取る最期のときになって、家族が「どうしよう、このまま家で死んじゃったらどうなるのだろう?警察が来ることになるの?」などと動揺して救急車を呼んでしまうのです。時には救急隊が心臓マッサージをして病院まで来ます。心臓マッサージはかなり身体に負担をかけます。肋骨が折れることもあります。でも、病院に着くまでその人の命を保つことが救急隊の仕事ですから、救急車を呼んだら、救命処置を受けるのは当たり前のことなのです。
それを見て僕は、「これがこの人の願いだったのだろうか」と考えてしまったのです。
ですが当時、家で最期を迎えたいという人を、息を引き取った後まで見てくれる医者が上野原にはいませんでした。
だから、2007年に病院を退職し、横浜で在宅医の修行をして、2011年に在宅・訪問医療をやる医師として大野に診療所を開いたのです。
これまで上野原、大月、藤野で、300人ほどの看取りを担当させてもらいました。
在宅医療を受けるには
どうしたら在宅医療を受けられるのかという質問があったので、その説明をします。
在宅医療を受けるためには、かかりつけ医からの紹介状が必要です。私みたいな人間がいると知って在宅診療を申し込まれて、いきなり皆さんのところへ行ったとしても、これまでどんな病気でどういう薬を飲んでいたということがわからないと、適切な医療の提供ができません。だからあらかじめ、これまでどんな病気をしたのか、どんな治療をしてきたのかといった病歴を知る必要があります。
在宅医療を受ける条件としては、国の決まりで、認知症や障害を持っているなどの理由で一人で医療機関に行って帰って来ることができない人は在宅医療を受けてもいいですよとなっています。要介護がついていてもいなくても在宅医療は受けることができます。でも事前に、かかりつけ医から情報提供が必要になります。一度在宅医療の契約をすれば、夜間でも休日でもおうかがいします。
かかりつけ医に「通えなくなったら家に来て」と伝えて
ただ今日、僕から皆さんにお願いしたいのは、かかりつけ医に訪問医療や往診をしてくれるよう、皆さんから話して欲しいということです。
現在、この地域の診療所やクリニックの先生に、医師会を通じて在宅医療を始めるようにお願いしているところです。でも、なかなか始めてもらえません。必要性を感じていないのかもしれません。あるいは、上野原だと僕がいるからいいやと考えているのかもしれません。
でも、やはり、ずっと診てもらっていた医師に最後まで見てもらうほうが安心ですよね。人によっては先代の医師から診てもらっているという人もいると思います。にもかかわらず、診療所に通えなくなるとそこで関係が途絶えてしまいます。それで、自宅に顔も見たことがない医者が来ることになります。
僕は、初めての方でもいろんな情報を集めて良い医療が提供できるようにと努力はします。でも、何十年もその患者さんを見てきた医者と比べたらやはりその方について知っていることは少ないでしょう。
ですから、本当に診ていただくべきはかかりつけ医です。そのかかりつけ医に訪問医療、往診という分野に来てもらえるようにするのは皆さんの力です。
かかりつけ医に、「私が診療所に通えなくなったら来てくれよ」と言ってください。一人の患者さんから言われても耳をかすめるくらいでしょうが、毎日、いろんな人に言われるとなったら、少しは心が動くかもしれません。
実際、在宅に行ってみると、家の中でやる医療は医療機関でやる医療と違います。生活に合わせた医療が提案できます。栄養指導もそうで、病院の栄養士が糖尿病の栄養指導をやるといっても、その人がどんな調理器具をもってどんな食材を扱っているのか知らないと本当の指導はできません。生活に入っていくことで、医者も栄養士も看護師も変わります。患者さんにとって本当に良い医療が提供できると実感できます。
地域の先生たちを在宅に引っ張り出すために、皆さんに頑張って欲しいと思います。
「先生、私がここに通えなくなったら、家に来てくれよ」って、かかりつけ医に今のうちから話しておいてください。
上野原の在宅医療を持続可能なものとするために
僕は介護・看護のチームを作って、全体のつながりを大事にしています。そうするとそれなりのクオリティの在宅医療を自信を持って提案できるようになりました。
ただし、上野原の在宅医療の欠点は、持続可能じゃないかもしれない点にあります。僕自身が病気や事故で出来なくなったら上野原の在宅医療は終わってしまう可能性があるのです。だから、在宅医療を担う医師を、みなさんの力で育てていただきたいのです。それが僕の現在の願いです。
それで出てきた医者を、チームで支えるのが介護、看護のスタッフたちです。彼らはすでにスタンバイして待っていますが、今、在宅に出ていける医者は僕だけしかいません。
だから、みなさんの主治医を引っ張り出してきていただきたいのです。
心が動いて、自分も知識を身に付けなきゃという気持ちになって、初めて講座に行ってみようという気持ちになるのではないかなと思います。
いつか自分が、または自分の周りの人が、認知症になるかもしれない。5人に1人が認知症になる時代ですから。その当事者意識を持ってもらえたらうれしいです。