ワクチン難民を作らない! 上野原市の取り組み

上野原市では、2021年4月から、65歳以上の高齢者8,362人を対象とした新型コロナ感染症のワクチンの集団接種が始まりました。
集団接種はもみじホール(上野原市文化ホール)と、ふじみ(上野原市総合福祉センター)で行われました。実施にあたり、送迎バスやデマンドタクシーを走らせたり、社会福祉協議会の移送サービスの強化を行って、できるだけ多くの方にワクチン接種が行えるよう対策が取られました。
しかし、高齢者のなかにはさまざまな事情から集団接種会場に行くことが出来ない人がいます。集団接種が進むなかで、ワクチンを打ちたくても打てない方が取り残され、「ワクチン難民」になってしまうという問題が浮上しました。

こうした「ワクチン難民」を生み出さないため、上野原市の在宅医療・介護を担うスタッフが総力をあげて行った取り組みを紹介します。


問題視されるワクチン難民
自宅で生活している高齢者のなかには、介護者がいないため集団接種会場に1人で行くことが出来ない人がいます。また、寝たきりのため会場に連れ出せない人もいます。
そのような集団接種が受けられない高齢者に対し、国は「かかりつけ医による個別接種」での対応を行うよう示していました。
しかし、かかりつけ医を持っていない人もいます。また、かかりつけ医がワクチン接種を行っていないケースもあります。
さらには、たとえ家族が集団接種に連れて行ったとしても、認知症や人と接することができない障がいのため、接種後15~30分の状態観察に耐えられないといった事情を抱えた方もいます。
放置すればワクチン難民となってしまうこうした方への対応は、全国でも問題となっていました。


集団接種会場へ行くことができない人を調査
上野原市は、以前から市内唯一の在宅療養支援診療所である上條内科クリニックを中心に、在宅医療・介護を担うスタッフの連携作りを進めてきました。
今回、そのネットワークを使い、集団接種会場へ行くことが出来ない方を把握し、希望する方にはすべてワクチン接種を行うための方策を探りました。

まず各介護事業所のケアマネジャーを通じて、集団接種会場へ行くことができない高齢者の数を把握しました。その結果、緊急時以外は病院に行くことができない「絶対的困難者」が23人、何とか会場に行くことができるがさまざまな理由によりできたら自宅で接種してあげて欲しい「相対的困難者」は121人、合わせて144人が集団接種会場へ行くことが困難なことが明らかになりました。
ただし、5月に高齢者の集団接種が開始されると、結果として接種会場へ行くことが困難な高齢者は、当初の4分の1ほどの35人になりました。

こうした方のうち、デイサービスを利用している方に対しては、デイサービスでの接種を案内することにしました。

デイサービスでの接種を提案
かかりつけ医を持っていない在宅療養者でも、デイサービスなら利用しているという方はいます。
デイサービスは、通常利用者の送り迎えをしているので、ワクチン接種の送迎も可能です。
また、ワクチン接種後の見守りも、利用者の日ごろを知っているスタッフが観察できます。
デイサービスでのワクチン接種は、集団接種会場へ行けない方への接種方法として、大きなメリットがあると考えられました。

一方、デイサービス事業者からは、普段医療の場として使うことがないデイサービスの施設で安全にワクチン接種できるだけの設備を整えられるのか、接種後の見守り体制が作れるか、集団接種の予約がデイサービスでの接種より後になっているほかの利用者から不満は出ないか、などの不安点も出されました。
上條内科クリニックの上條武雄医師と各介護事業所責任者が協議を重ねて、こうした不安点を一つひとつ確認し、つぶしていきました。

その結果、第1回目(2021年6月17日)の接種は、3カ所のデイサービスで、13人に接種を行うことができました。
第2回目は7月8日、同じく3つのデイサービスで13人に接種しました。

介護従事者への接種も推進
ところで、感染拡大防止の観点から、介護従事者へのワクチン接種も重要です。しかしワクチン不足から施設介護従事者へのワクチン投与の優先度は後回しにされていました。
そこで上條医師は、ワクチンのシリンジ(注射器)を工夫しました。国が推奨するシリンジでは、構造上、シリンジのなかに薬液が残ってしまうため、5人にしかワクチンを投与できません。しかし別のシリンジを使うと、7人に投与できます。そこで上條医師は7人分のワクチンを投与できるシリンジを取り寄せました。国からは、1バイアル5人分としてワクチンが届きます。7人分投与できるシリンジを使うことで、余った2人分のワクチンを介護従事者に投与することができたのでした。

上條内科クリニックでは、施設入居者へのワクチン接種も担当していました。施設入居者への接種は優先的にワクチンが回ってきたので、余剰分のワクチンを介護従事者に使うことで、ワクチンを希望する介護従事者にも速やかに接種することがきました。

第5波のなかでの3回目、4回目接種
2022年1月には、新型コロナ感染症の第5波が迫って来ていました。デルタ株に変わりオミクロン株が台頭してきて、感染力の強さが話題になっていました。

第3回目のワクチン接種は、モデルナワクチンが使えることになり、十分なワクチン供給ができるようになりました。投与間隔も高齢者であれば2回目の接種から6カ月経過時点で投与できると短縮されました。

また、3回目のワクチン接種は上野原市の方針としてデイサービスでの接種がより推進され、同じ事業所の介護従事者も同時に接種できることになりました。
その結果、3回目のワクチン接種は多くの事業所からの希望があり9カ所のデイサービスで203人(利用者130人、従事者73人)接種することができました。

ただし、このときの接種者は、ワクチン難民というわけではなく、自分の足で集団接種に行ける人も少なくありませんでした。

デイサービス側としても、この3回目の接種は利用者へのサービスという意味合いが大きいところもありました。サービスとして実施しましたが、送迎のやりくりや曜日の調整に予想以上に手間がかかったせいか、第4回目は希望する施設が激減しました。

2022年5月27日に行われた第4回目のデイサービスでのワクチン接種は、5事業所21人に落ち着きました。

それでも、利用者、介護従事者ともに、「より早く、より多く」の人にワクチン接種できた功績は大きく、上野原市の介護事業所における大きなクラスター発生の予防に寄与した可能性があります。


家から出られない人への個別接種も対応
一方、前述の調査で、集団接種会場へは行けない、デイサービスも利用していない、家から連れ出すことができない自宅療養者の数も明らかになりました。

上條医師は、自宅療養者で接種を希望する方への個別接種にも取り組みました。

インフルエンザや肺炎球菌のワクチンならば、定期訪問診療のなかでワクチンを打つことができます。しかし、新型コロナ感染症ワクチンは、厳重な温度管理が必要です。振動にも弱く、衝撃により変質してしまう可能性があります。また、溶解後の使用期限が短く、無駄を出さないためには使用期限内に使いきらなければなりません。接種後の見守りも必要です。

希望者の自宅を回って新型コロナ感染症ワクチンを接種するためには、そのようなさまざまな課題がありました。

そこで、上條医師は、通常の訪問診療とは別の日に、ワクチン接種日を設定。1日7人単位として4日間を在宅療養者へのワクチン接種のために確保しました。
見守りには、普段訪問看護を利用している人なら、いつも来ている訪問看護師に入ってもらい、利用していない人には訪問看護師を依頼し、接種前のバイタル確認、接種後の経過観察をお願いしました。訪問看護師に支払う費用は、上野原市の財源から確保しました。


安心して暮らせる地域作りが目標
こうして、上野原市では、かかりつけ医を持っている人も持っていない人も、集団接種会場へ行ける人も行けない人も、希望する人にはすべてワクチンを接種することができました。
上野原市のワクチン接種率は、全国平均から見ても10%以上も高くなっています。

新型コロナ感染症との戦いは、これからも続きます。
「これからも、希望する人を取りこぼすことなく、ワクチンを打てる体制を作っていきたいと考えています。そして、高齢者や障がいを持つ方が安心して暮らしていける地域作りを進めて行きたいと思います」。

上條医師は今後の展望をこのように語っています。


〇上野原市のコロナワクチン接種状況

2022年9月12日(月)時点

対象者数:21,925人

1回目接種者数:19,624人  接種率 89.51%(全国平均77.58%)

2回目接種者数:19,510人  接種率 88.99%(全国平均77.11%)

3回目接種者数:16,883人  接種率 77.00%(全国平均65.43%)

4回目接種者数: 7,806人  接種率 35.60%(全国平均27.69%)

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        63,823人