8月25日に犬目公民館で行われた、出前講座「災害で、防災で地域がひとつになる」で上條武雄医師やスタッフがお話した内容をまとめました。
上條医師からは、上野原の在宅医療・介護チームの素晴らしさと、町全体で認知症患者さんを見守る仕組みについて話をしました。
そして災害時に、高齢者や障がいを持つ方を支えるためには、日ごろの延長線上に支援の仕組みを作り運用していくことが大切だと話しました。
専門職によるチームができている上野原
今日は、「災害で、防災で地域が1つになる」がテーマです。
あまり知られていませんが、上野原って、すごいのです。
今、スタッフと言いましたが、1つの組織に所属しているわけではありません。それぞれ、地域包括ケアセンターや薬局、病院など別々の組織に所属している医療・介護の専門家です。この専門家たちがチームとなって上野原の在宅医療を支えています。
今日はここに、私と一緒に活動している医療・介護のスタッフが来てくれています。
ただし、我々の一人ひとりは人並みの力しか持っていません。じゃあ、何がすごいのか。
上野原はチーム力がすごいのです。
今日のような講座をやるといったら、頼まなくてもこうして集まってくれるのです。上野原では、専門職によるチームの協力体制ができているのです。
チームで支えたALS患者さんの願い
チームでどのように患者さんを支えているのか、実際の事例を紹介します。
Sさんという、ALS(筋委縮性側索硬化症)の男性がいました。ホーキング博士と同じ、神経難病です。時間とともに筋肉が動かなくなり、やがて自力での呼吸ができなくなるという病気です。
人口1万人に1人の発症率といわれており、人口約2万人の上野原市には2-3人の患者さんがいると推定されます。
Sさんの訪問診療は、4年ほど前から始まりました。
ALS以外にも肝臓病や糖尿病、高血圧などさまざまな疾患を持つSさんのために、医師、歯科医師、歯科衛生士、看護師、薬剤師、リハビリ、マッサージ、訪問入浴、福祉用具、在宅酸素業者が連携し、上野原の総力をあげて医療・介護チームが組まれました。
Sさんは、自力で呼吸ができなくなっても、人工呼吸器を付けないという決断をされていました。さらに、娘さんの結婚式を控えていて、それに出席することを希望されていました。
Sさんの希望を叶え、穏やかに苦痛なく毎日を過ごしていただくことを目標に、毎日のケアを行いました。
とくに、娘さんの結婚式に出ていただくためにチームで検討し、式場に酸素を搬入したり、いざというときの救急病院を手配し、看護師が式場に同行するなどして、無事参列していただくことができました。
その後Sさんの病状が悪化。でも、呼吸器はつけないという意思を貫いて、家族や多くの人に見守られながら、結婚式から3か月後、ご自宅で最期を迎えました。
「上野原で、こんな難しい病気の人を家で看るのは無理だと思っていた」。
Sさんの奥さんの言葉です。 でも、チーム力を結集すると、できるのです。
患者さんの気持ちをチームで共有
在宅医療で大事なのは、人生の終焉までどうやって過ごすかだと考えます。
だから私は診察のときに、「気掛かりなことは何ですが」、「どういったことを大切にしていますか」と聞いています。
そうすると「孫が受験で大変なんだ」なんていう言葉が出てきます。
お孫さんを応援したいおじいさんのお気持ちを語ってくれるのです。
そこで、「おじいさんがお孫さんに何ができるかをみんなで考えましょう」と、チームで考える。
それが在宅医療・在宅介護のイメージです。
情報を共有するすごいアイテム、SNS
そして、このチームの目玉の1つとして、多職種連携SNSがあります。
私たちは、情報漏洩が起きない安全な医療介護専門の「メディカルケアステーション:MCS」というSNSを導入しています。上野原の医療介護職のほとんどすべての人がMCSのアカウントを持っています。
一人の患者さんに対する医療介護チームを作るとき、必要な医療介護職をSNSに招待し、その患者さんだけのSNSグループを作ります。ご家族も、患者さんも、アカウントを持ち、そのSNSグループに参加できます。
私が診察したら、その情報をSNSに書き込みます。それをケアマネジャーやほかのスタッフが見ます。患者さんの自宅に行く前に、私の指示した内容を把握することができるのです。
これまでは患者の家に連絡ノートがあって、訪問してからスタッフが書いたメモを見て、ようやく「昨日熱が出たんだ」などを把握していました。
今はSNSですぐに多くの人に配信できます。
上野原はそういう仕組みを持っているのです。これは、全国でもまだ珍しく、かなり進んだ取り組みです。
独り歩きを町全体で見守る仕組み作りも
一方、こうした医療・介護サービスだけでは支えられないこともあります。
たとえば、ゴミ出し、引きこもり、孤独死など。これらは医療介護スタッフだけでは助けられません。
たとえば、認知症の患者さんが独り歩きしていて行方不明になってしまうこともあります。全国では、1万人の認知症の患者さんが行方不明になっているといわれています。
上野原では、そうした方を見守る「ひとり歩きSOSネットワーク事業」という仕組みを作りました。
普段から町で働いている宅配業者、郵便局員、八百屋さんやお菓子屋さんなど事業者の方に協力していただき、仕事をしていて「ちょっと気になる」、「何かおかしいな」という高齢者を見かけたときに、市役所の長寿介護課地域包括支援担当に連絡してもらうという制度です。町全体で高齢者を見守っていこうという仕組みです。
ステッカーをお守り代わりに
また、独り歩きする可能性のある高齢者の衣服や持ち物に「見守りステッカー」を貼り付ける、「上野原見守りステッカー事業」も始まっています。
ステッカーに書いてあるフリーダイヤルに電話するとオペレーターにつながり、記載された個人識別番号を伝えるとご家族に連絡が行きます。個人情報を守りつつ、高齢者の特定ができるようになっています。
こうした仕組みを作りましたが、まだまだ知られていません。
知った方がまわりの方へ広めていっていただければと思います。
平時の活動が有事につながる
災害時の支援制度もあります。
避難行動要援護者支援制度といいます。
一人で避難することが難しい高齢者や障がいを持つ方を事前に登録しておき、地域でその情報を共有しましょうという制度です。
上野原では名簿に登録されているのは人口の6.2%に当たる1549人です。でも、支援を提供してくれる地域の担当者に情報を提供して良いですよと、情報を提供してくれている方は半分の方だけです。
つまり、災害時に、支援が行き届かないかも知れない人が多いのです。
ちなみに、道志村は名簿登録者の100%が、情報提供を許可しています。
災害が起こったときに、一人で避難することが難しい人をどう支援するのか。
そもそも誰が情報を把握していて、どれをどのように活用するのか。
今は個人情報保護法もあり情報の運用も難しくなっています。
その壁をどう乗り越えていくのかが課題です。
そのためには、認知症患者さんのゴミ問題や見守りなど、平時の対策をしっかりやっていくことが重要だと思います。それが有事の際にもつながっていくと思います。
それを一緒に考えて行きましょう。