誰かのために③ 在宅医療の仕事はキツイ?生徒たちからの質問

<2018年7月6日ライフプランニング講座in都留高校より 文:星野美穂>

都留高校で行った、ライフプランニング講義のあと、生徒たちからの質問タイムが設けられました。

「在宅医療」という自分たちが知らなかった分野で働く上條医師に対し、生徒たちから率直な疑問が投げかけられました。

生徒たちの疑問に上條医師が答えます。

患者さんの家庭にどこまで踏み込む?

Q:地域医療は、患者さんの家庭にどこまで踏み込むものなのですか?線引きはしますか? それって、大変じゃありませんか?

自分から線を引く場合もあるし、向こうが線を引くこともあります。ここまで、とは決められません。患者さん、ご家族が、より深いコミュニケーションを求めてくることもあります。

たとえば、私は往診に行ったときにお茶は出さないでとお話ししています。限られた診療時間を有効に使いたいからです。

でも、時々「お昼食べて行ってくださいよ」と言われるときがあります。断ることもありますが、人をもてなすことが自分の喜びとなっている人だったとしたら、その思いに応えることが自分の責任だと考えて、ご馳走になることもあります。

また、患者さんのなかには、家庭を含めて腹を割って話したいと求めてくる人もいます。でも、そこで徹底的に話し込んでしまうと、次の患者さんのところに行けなくなってしまいます。なので、そこは空気を読んで適度に切り上げます。どこで、どう切り上げるか、それは経験でわかってきます。

そうしたやり取りは苦ではありません。楽しいことです。人それぞれ生活は異なります。大切にしているものも違います。それらは病院にいては見ることができません。それを肌で知ることは自分の経験にもなります。

そういったやりとりを楽しいと思えるかどうかで、在宅の仕事が適しているかどうかがわかると思います。患者さんの生活と自分の生活はきっちりと線を引きたい、組織のなかでルールに守られて仕事をしたいという人は、病院のほうが適していると思います。

一方、それが嫌な人は、自由な発想で、自由なフィールドを求めればいいと考えています。

24時間体制、大変ではない?

Q:24時間体制でいつ連絡が来るかもわからない仕事は大変ではないですか?

現在は、正直言ったらキツイです。

でも、病院で1日18時間働いていたときのほうがキツかったですね。

今は、たとえば間もなくお迎えが来るであろう患者さんには、これからどんなことが起こりうるのか、そのときどのように対処すべきかをご家族に伝えておきます。だから、夜中に電話がかかってきても、電話でご家族に指示だけしてさっとベッドに戻ることができます。夜中に僕が動かなくても何とかなることが多いのです。

また、医療・介護者だけが見ることのできるSNSで医療・介護チームを作り、患者さんの状況をチームメンバーで共有しています。SNSで患者さんの変化をヘルパーさんが知らせてくれたり、それを受けて訪問看護師さんが先取りして動いてくれるなど、医者が一人で疲弊しないようにみんなが守ってくれています。

医師自身の健康管理は重要で、自分自身をコントロールできない人は、在宅医療はできません。けれど、僕も酒を吞むときは吞むし、山を走るときは走ります。山頂で患者さんから電話が来たら、「今山にいるから3時間待って」と言って、その間は看護師さんに患者さんの家に行ってもらいます。そんな風に助け合っています。

どうにもならないときは、救急車を呼んでもらうこともあります。それは、患者さん、ご家族にもわかってもらっています。

けれど、いつまでも今のような働き方のままにはしたくありません。

もし、今、僕が倒れたら、上野原の在宅医療は終わってしまうことになります。一人の医師だけが支える地域は危うい。だから、持続可能な体制をどう作るかが課題です。

今、僕は上野原の医師会や病院の医師たちに、「一緒にやりましょう」と呼びかけているところです。

現在、僕のところにどんどん患者さんが集まってきています。正直、診療のクオリティは誰にも負けない、世の中の在宅医療のなかでもかなりいい線行っていると思っています。患者さんも、上條に診て欲しいと言ってくれています。それはありがたいことですが、今のままでは僕も疲弊していってしまいます。だから、地域の医師たちに、「一緒にやりましょう」と呼びかけているのです。

また、医師を目指している若い人たちにも、「いつか一緒にやりましょう」と話しています。君たちが大学へ行き、医師になって10年経験を積んで、「そういえば高校のときに来た医者がなんか言っていたな、手伝ってみようかな」と思ってくれたらうれしいです。そういう種を今、蒔いているところです。

皆さんが在宅医療の現場に来るときまでにはなんとかなっていると思うので、それを今から心配しないで欲しいと思います。

在宅医療の医師は専門はあるの?

Q:家で患者さんの病気を診る医師と、大学病院で専門の病気を診る医師。何が違うのかわかりません。在宅医療に携わる医師も、何か専門はあるのですか?

僕も大学病院で働いていたときは専門がありましたが、今は幅広い病気を診ています。在宅医療は最前線で患者さんのいろいろな悩みや病気を診ます。例えば高血圧の管理で訪問診療を依頼されて、診察してお薬を出していたら、皮膚に大きなおできができてしまった。だからといって、「皮膚科に行ってください」とは言えません。病院に行くのが大変だから、訪問診療を依頼されているのですから。だから、在宅医であるなら、内科医であっても皮膚科の疾患を診ることができないといけないと思います。

在宅医としてはある程度、広く浅く病気を診ていくことになります。一方、大学病院などの専門医は深く狭い分野を診ています。

在宅医が患者さんを診ていて、専門的な診断が必要だったり特殊な治療が必要だと判断したときは、専門医につなげます。そういう案内をすることも、在宅医の役割の1つなのです。

患者さんが亡くなることはどう受け止めているの?

Q:在宅でお看取りをするということ、自分の患者さんが亡くなることを自分の力不足と感じることはありますか?

「治す」ことにこだわった医療現場では、「死」は負けを意味するため、自分の力不足を感じることがあるとは思います。けれど、どんな人でもいずれは死ぬのです。それは避けることができません。

在宅医療では病気を治すことは最終的な目標にはなりません。病気と共存しながら、最後までどうやってその人らしい穏やかな最期を迎えるかにこだわります。死は敗北ではありません。ゴールです。ゴールまでの時間を少し延ばすことはできます。そして、ゴールに向かうプロセスのクオリティを求めるのが在宅医療なのです。

亡くなる前に大好きな孫が来て、孫が風呂に入れてくれた。身体を洗ってくれた。そのあとに息を引き取った。良かったね、と言えるのが在宅医療です。

お看取りは悲しい、避けたいと誰しもが思うものです。ですが、あるときから穏やかに上手に、美しく、自然に逝かせてあげたい、と死に際を考えるようになります。

時には、患者さんが生きている間に葬儀まで考えることもあります。

患者さん本人と「どんなお葬式にしたい?」「もうちょっとだね」なんていう会話を交わし、お亡くなりになったあと、「静かに、穏やかに逝くことができて良かったね」、「願いがかなったね、すごいね」と家族が万歳するようなお葬式もありました。

寂しさは残ります。でもそこまでに「ありがとう」を伝える時間があって、死を意識したからこそ得られた、かけがえのない時間を持つこともできるのです。
そう思っていただけるようにするのが、在宅医療なのだと考えています。

勉強する時間はありますか?

Q:24時間体制で何人もの患者さんを持つなかで、自分の勉強の時間はあるのですか?

勉強しようというより、目の前の人のために何かをしたいという感情が湧いてきたときに、調べるという行動を積み重ねて行くといつの間にか勉強になっていました。勉強会に出席するなど知識を得る場は、一人の患者のために勉強したいという気持ちで行きます。

それとは別に、どうすればいいかと悩み、もんもんとして頭がいっぱいになるときもあります。そういう時は山へ行きます。無心で山を走ると、山を降りたときにもんもんとしてたことの答えが明らかになっていることがあります。考えるというより感じられるという感覚ですね。実は、考えよう、勉強しようという時間は苦手なんです。

まったく、何の知識も持たないまま、患者さんのところへ行くこともあります。わからないことがあれば、「今はわからないけど、次までに答えを持ってきますね」と伝えます。

外来や、大学病院では患者さんは答えが欲しくて来るから、専門的知識が必要です。でも在宅では、即答できなくてもなんとかなります。すみません、こんな医者ですけど、でも一緒に頑張りましょうと伝えることができます。そうすると、こいつは知識はないけど、人としてはいい奴だなと受け入れてもらえる場合があります。もちろんそればかりではいけませんが。

そして、次回行くまでに勉強します。でないと、もう来なくていいと言われちゃいますからね。
1人の患者さんのために頑張る。それが勉強の原動力となっていると思っています。

勉強以外にどんなことが大切?

Q:大学生活の中で勉強以外に磨いておいて欲しいという能力はありますか?

上條:大学に行ったら、クラブ活動や地域活動などいろいろなことをやっておいてください。医者は世間知らずと良くいわれますが、医師会などで医者だけの付き合いしかしていないと、狭い世界の人間になってしまいます。社会に出たときに、自分の仕事とは違う業界の人とのチャンネルを持っていることが大事です。

広いチャンネルづくりは早く始めたほうがいいと思います。自分にはそれがなくて、コミュニケーションで苦労しました。以前はお年寄りのところに行っても、世間話もできなかったのです。だから、難しい医学用語で会話したふりをしていました。でも、それでは患者さんの本当の気持ちは引き出せません。

今なら、天気の話、畑の作物の話、何の話をしてもいいとわかっています。世間話はボキャブラリーをたくさん知っていればできるという話ではなく、相手の視点に立って、その人はどんなことに興味があるのだろうかと想像すると、自然に言葉が出てくるものなのです。

それは急にやろうと思ってできるものではありません。いろいろなことをやって、いろんな人に出会い、早いうちからそういう視点を持っておくといいと思います。

2018年7月に開催された都留高校のライフプランニング講座後の質疑応答には、医学部を目指す3年生1名(今年地元の国立大学医学部へ進学)と、医学部進学を考え始めた2年生2名が参加してくれました。

そして、今年の7月、この2年生2名が、夏休みを利用して、私の診療に二日間同行してくれました。

在宅医療の現場を高校生はどのようにとらえたのか。その内容は次回紹介させていただきます。どうぞ、ご期待ください。